デザインのつぶやき

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2005年 05月 14日

ワークショップの謎

これは僕の疑問であり、今後解決されるであろう疑問。
「なぜ僕の近くにいるデザイナーの一部はワークショップに興味があるのか?」

ここで言うワークショップは
「参加者を招く」(自分が参加者になる場合もある)
「ともにまなぶ」(先生となる人はいない)
「終わってから、良かったと感想を持つ」(学ぶことができた)

まぁ要するに人から刺激を与えられ、人に刺激を与え、別の着眼点を持つということな訳。
工作教室的なワークショップもあるし、啓蒙活動的なワークショップもある。
その「〜的な」というのは「〜的」が目的であり、出来不出来の達成度合いはともかくとして理解できる。
しかし「何か学べて良かった」というのは、結局自己満足な行為であり、アーティスティックな行為なのだろうかと思っている。

いやいや。
この行為が悪いわけではなく、むしろ大歓迎。
しかし「次のデザインを考えるときの、可能性を秘めている」というから理解ができなくなってしまう。
自分自身が成長する方法として「ワークショップを活用する」のはすごく理解できる。
しかし、「次のデザイン(設計や意匠)の枠組みを考える上で、個人が自己満足してどうするんだろう」と思うわけである。
(そういうテーマでのワークショップという意味ではない。念のため)

自分がデザインの先生になるためにワークショップを開いたり参加するというのなら分かる。
それは以前にも書いたとおり、自分の持っている物しか人に説明することはできないから、知見を広げるという行為は賛成。
また自分がデザイナーとして知見を広げるために、というのも賛成。

合目的な私としては、個人が学ぶということと、デザイン全体の枠組みを考えることは違うんじゃないかと思う今日この頃である。
結果的にデザイン全体の枠組みを考えたことになるというのは、ちょっと嘘くさい。
違う言い方をしてくれといいたい。

またこの問題は再度持ち出しますね。
お楽しみに。

by Guild_HALL | 2005-05-14 19:26 | デザイン


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