デザインのつぶやき

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2012年 01月 16日

デザインセンスを磨く方法

よく学生にも質問されることなのだが、
「どうやってセンスは身につけるのか?」

ボクが考えるに、センスというのはその人の関心の現れだと思う。
形であれ、色であれ、構成であれ、アタッチメントのように身につくものではないだろうと思う
そもそもセンスを身につけたいという気持ちの根本は何か?という質問をしてみるのも方法の一つである
デザイナーとして必要でしょ?というならなぜ必要なのか?
良いデザインをして良いお客に依頼されたいというなら、なぜそういうお客さんに依頼されたいのか?
有名になって作品を多く世に出したいという答えが出るくらいになって、ようやくその人はセンスの使い方・関心の中心がわかるのだ。
その他の答えとしては単純に形を作るのが好き、色を作り出して配色するのが好きなどがあげられる。

この中心に関して情報を集め、行動に起こし、世に知らしめていく活動を起こす。
この繰り返しがセンスを磨くと言うことになるのではないだろうか?

それともう一つ。床に落ちているものを拾うこと。
ゴミはゴミ。使うものなら所定の場所へ。
身近な床の変化に気を配ること。そのうち床から全ての空間の変化に気づくようになる。

この変化の気づきもまたセンスとしては重要だと思う
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# by Guild_HALL | 2012-01-16 09:26 | デザイン
2011年 12月 13日

東京メトロ:デザイン再考

最近、地下鉄車内でもポスター宣伝しているせいか、東京メトロのデザインが熱いようだ。
「ようだ」というのは実に歯切れが悪いな。
確かに駅構内の表示板、iPhoneアプリなど見直されているしアプローチもしていると思う
しかしながら、では実際にその案内図が適切かどうかというとやはり以前と同じ何らデザインされているものではない。
比較的新しくできた副都心線の渋谷駅を見ても、やはりわかりにくい。

駅構内をGoogleMap化して、スマートホンアプリと連携させれば使い物になるだろう
駅構内を自由に歩き回って自分の思うところに出る事ができるような案内図を心がけてデザインしてもらいたいものだ
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# by Guild_HALL | 2011-12-13 08:07 | デザイン
2011年 11月 08日

デザインって何だ?

今見たら、ずいぶん投稿していなかった
すみません

さて、またまたショッキングなデザインの視点をつぶやいてみます

デザインってなんだ?
よく言われるし、意匠という解釈が多くあり、また僕も以前つぶやいていた気がする

なんでデザインと言うことをするの?
・使いやすくなるから
・伝わりやすくなるから
・キレイに整うから
・便利になるから
・誰もやらないから
・本質に近づきたいから
・あっと言わせたいから、感心されたいから
・使っている人の喜ぶ顔が見たいから

そんな答えが返ってくることだろう

次の質問、「なぜ、そうしたいと考えてデザインするのですか?」

どう?
うまくじゃなくても答えられるかな?

もし答えられたら、次の質問
「なぜ、そうしたいと考えてデザインするのですか?」

そうやってこの質問をして、自分にとってのデザインを掘り下げていくとおそらくこんな答えに突き当たるんじゃないかと思う
「いいねっていってもらいたい」
「すごいねっていってもらいたい」
結局ほめられたいんだ。

デザインに限らず、だいたいそこに行き着くと思う
自分がほめられるために、勉強し、技を研鑽し、寝ることを惜しんで努力する
そして挫折したり、成功を味わったりする。自分がほめられるために。

ほめられるために自分の人生をかけて、40年くらい職業としてやり続ける
場合によっては命を削ってしまう人もいる

じゃぁどうしたらいいの?
その答えはもうちょっと自分で考えてね。
これは知識として知ることじゃないから。
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# by Guild_HALL | 2011-11-08 14:05 | デザイン
2011年 09月 21日

エヴァンゲリオンの使徒

相方に誘われてエヴァンゲリオンを見た。
リアルタイムでは見ることに興味を覚えず、誘われるがままDVDの1巻を借りて初めてみたのが数年前。

ここブランクを開けていきなり最終回を見た。

なるほどと思った。
使徒とは何か?

それは出来事。
特に深い因果関係はない、強いていうなら、そこにいるから使徒が現れる。

僕らの日常も「業務」という使徒がやってくる
殲滅しなければいけない。時間までに。
「自分がやらなければ...」「...ねばならない」と言う脅迫にも似た思い。

と言う解釈も可能。
そういう意味解釈を新たに自由にデザインできることは、本当の自由を手に入れることへの一歩だと思う
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# by Guild_HALL | 2011-09-21 09:12 | デザイン
2011年 09月 08日

デザインの枠を広げて起業する

従来考えている「デザイン」という枠を広げて、起業して早3ヶ月。
早いような遅いような。
「達成した」と言うところに立って考えると遅い。
やってきた感覚でいうと早い。

どのくらいの幅を考えて起業したかというと、
「それもデザインなの?」というくらいトンだ。
新しい会社は「ラース」という

グラフィックデザインに手を出したとか、ウェブをやり始めたとか、そんな小さなスケールではないのはおわかりいただけるだろう。

地球規模で新しい生活をデザインしている。
その実現を目指しているわけだから、まぁそりゃ時間はかかるわな。

おかげさまで、引き合いも多くありがたい限り。
そのうち世界標準となるだろうくらいまでデザインしているし、
アップルのように多くの人から期待されるぐらいにはなるつもりでいる。

従来の納品活動のデザインにしても、現在の地球のデザインにしても
「使ってもらう人に笑顔と喜びを!!」というところは全く変わらない。
その自分の中心さえ違わなければ、自分を失うことはないだろう。
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# by Guild_HALL | 2011-09-08 21:52 | デザイン
2011年 08月 30日

大きな愛情と日本の平和

今回はデザインじゃない話。
先日お世話になっている工場の方へお礼をしに、鹿児島に行った
人生 初・鹿児島

桜島こそ行かなかったが、知覧特攻平和会館にいった。

大きな愛情があった。
家族を思う気持ち、恋人、妻、母、兄弟、子供それぞれの思いを手紙に込め、展示してあった。
自分の命と引き替えになるというのは、外側から見た僕らの感想。
肉体は無くなるが、この愛情のエネルギーは生きている

財産や肉親に対して執着することなく、ただ「そういうふうである」だけで愛情だけが存在する
僕自身もそういう風でありたい。
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# by Guild_HALL | 2011-08-30 09:01 | 閑話休題
2011年 07月 11日

デザインの質

この週末に相方のバーゲンにつきあった。
靴を探した。
最初に訪れたのは、いわゆる大きな駅ナカのデパート・百貨店
たいした品揃えだ。価格もバーゲンとはいえ、1万円以下のものもあれば、2万円近いものやそれ以上のものもある。
一通りみて、若者向けデパートなどへ移った

違うんだよね。質が。材質も違うけれどデザインの質がまるで違う。
材質によるところも大きいけれど、やはりデザインの質が違う。

確かにTシャツとGパンにしても違うよね。
値段の差は歴然としているけれど、本当に違う。
年をとった人が着るとかなり違う。
いい歳の取り方しているなぁという方と、人生複雑にしていそうなおじさんだなぁという人と。

値段の高いものでなくても、そういった質を見分けて、場に合わせて使い分けることができれば、かなり人生の達人といえるかもしれない。
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# by guild_hall | 2011-07-11 07:47 | デザイン
2011年 07月 01日

昨今の関東の自然環境--放射能の恐怖?避難?ホットスポット?

デザインに関してのつぶやきだから、政治やこの手の問題にはあまり触れたくはない
でもまぁ、そこに固執することなくどんな視点で見ているかシェアしよう。

どうやら、人への障害というのは
・急性
・高濃度(高線量というね。その方面の方々は、放射線視点だから)
・低濃度(同様に低線量という)
があるようだ。(これはあくまでも人への影響度合いという勝手に作った視点)

急性というのは、核爆発が起こったりして高濃度を短時間に浴びてしまった場合の障害。
遅くとも1ヶ月〜半年以内に亡くなってしまうような障害。
たとえばチェルノブイリでは、消火に当たった消防士の方々。

高濃度というのは、短期間で亡くなることはないけれど、後々に障害が起きてくる場合
広島・長崎で被爆された方の中で、5年〜10年で他界された方々
チェルノブイリで、5〜10年で亡くなられた方々。

低濃度というのは、現在でも広島・長崎で被爆されながらも子孫を残し過ごされている方々
チェルノブイリの森の動物たち、森や立ち入り禁止区域で生活されている方々。
つまり確実に被爆はしているが、障害がまだ現れていない方々。

そもそも年間xxシーベルトという閾値を定めているものの、それはどうやって決めたかといえば
「核実験」から。
その核実験で扱う障害は「急性」的な障害と、「高濃度」的障害であると推測できる
放射線作業者の閾値はおそらくそうやって決められているだろう。
では、現在の東日本・北関東といわれている地域のように低容量の測定ははかっていないはず。
なぜなら、研究の対象は核攻撃されたときの被害を食い止めるための研究であり、現在の日本の状況のようなことは核攻撃された後の復興に関しての問題に等しい。
結局研究はされていないはずだ。

つまり「わからん」し、「不明」だと推測できる。
だから本当は「わからない」と答えるのが正直者だろうが、責任者としての政府としてはそうはいえない立場だろう
故に核実験結果から現在のような形になったと僕は思う

幸いなことに現在の福島原発周辺を見る限り、草花、立木は枯れていないようだ
(チェルノブイリ周辺の森は枯れてしまった)
つまり高濃度の放射性物質は、草木を枯らすほどには放出されなかった
ただし、低濃度の放射性物質は放出され続けている
この低濃度の放射性物質濃度は、チェルノブイリの森ぐらいは放出されている

チェルノブイリの森は、皮肉なことに動物の楽園と化し、オオカミや熊の肉食獣も繁殖するぐらい豊かな森となっているようだ。
(もちろん動物を捕まえれば放射性物質が確認される。)
気の毒なのは、ここを訪れる「渡り鳥」だそうだ。
体力を使い果たしてたどり着いても、その体力が戻ることなく死んでしまうらしい

そのように起こっていることにフォーカスを当てれば、被爆しながら自分たちの放射性物質への耐性をあげ、「生き抜く」ことが肝要だと思う
このだだ漏れ状態を素直に認め、生き抜こう!!
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# by guild_hall | 2011-07-01 14:36 | 閑話休題
2011年 04月 24日

天使の分け前と収入

世間では通常収入というと、だいたい自分(自分の会社、自分の事業部)の収入をさす
会社だと売り上げか...

どのくらいの「天使の分け前」分を含んだ収入目標を立てているだろうか?

「天使の分け前」分を含んでいないと、それだけ目標から目減りする。
こちらにその「分け前」の主導権はなく、向こうの思うように持っていく。
その世間的な考えだと、「天使の分け前」分をいかに減らすかに注力していたように思う。

人間なんて自分一人では、限られたことしかできない
その限られたことですら、天使の力を借りているのかもしれない
そのことに感謝して、天使の分け前分を含んだ収入目標を立てよう。

デザインの善し悪しもそこなんだということに気づこう
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# by guild_hall | 2011-04-24 10:43 | デザインの姿勢
2011年 04月 21日

奇跡と想定外、発酵と腐敗

奇跡は科学的ではないと「奇跡は信じない」という人がいる
そういう人に限って、「想定外」は信じるし、言葉としてよく使う。
起こっていることに注目すれば、人が考えた事以上のことが起こっている。
「奇跡的」に人はよく助かるが、「想定外」としては人が助からない。
これは不思議なことだ。

腐敗と発酵も同じ軸に乗っている
人の都合で使い分けているだけだ

想定外を信じるなら奇跡を信じる
信じるところから奇跡は起こる。
信じなくても想定外は起こる
どっちにしても起こるなら、奇跡として起こるように姿勢を保つ。
そこから始まる
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# by Guild_HALL | 2011-04-21 11:47 | 処世術?