デザインのつぶやき

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2013年 06月 19日

一流と超一流のデザイン

これはまだ模索中の考えであることをまず最初にお断りしておきます。
超一流になるには、どうしたら良いだろうか?
一流は努力と実績の積み重ねで一流になれると思う。
では、超一流とは........

三流から二流になるには、
ヒトとしての関わり方の基本を守る。たぶんそれだけ。
・時間を守る
・約束を守る
・ヒトに不快を与えない
・気分で仕事を選ばない
・期待に応えるように動く

二流から一流になるには
・期待を超えるアウトプット(時間、仕上がり、質などなど)
・出力される物が一定=継続されている成果
などなど専門性が維持されていることだろうね

一流から超一流になるには.........個人の想像の域による物だろうな...と思う
先日「神の雫」なる漫画を読んでワインにおける「一流」「超一流」の違いの記載があった
同じ土地の道路一本隔てて、10万円以上するワインの畑と1万円以上のワインの畑があるそうだ。
その説に寄れば「働くヒトの質」らしい。
「超一流である」と言うところから、ワイン造りに関わっているか?ということらしい。
斜め読みなので、詳細は違うかもしれないが、僕の琴線には触れた。

超一流のデザイナーとして、ヒトとして、どう対処することに関わるか?
これが最終アウトプット、関わり方に現れてくるのではないか?
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# by Guild_HALL | 2013-06-19 11:31 | デザイン
2013年 04月 10日

「いつも聞く同じ話」をデザインする

また違った視点を提案しよう

誰にでもある経験だと思う。
あの人のいつもの話。もう何回も聞いた話。また話しているいつものストーリー。
成功体験や子供の頃、愚痴。。。。。などなど。

なぜこの人は同じ話をするんだろう。。。。
忘れちゃったのかな??

こういう経験は誰にでもあるはずだ(無い方は、ブラウザの×ボタンをクリック)

なぜこの人は同じ話をするのか? と問う前に
なぜこの人の話はいつも同じように聞こえてくるのか?
と問い直して欲しい

なぜこの人の話はいつも同じように聞こえてくるのか?
理由は簡単。
聞く方に、人間としての成長・学びがないから。
聞く方が、話す方の言葉を「いつもと同じ話」という1種類の聞き方しかしていないから。
その1種類の聴き方の裏には、「もう話を聞きたくない」と思っているから。

同じように聞こえる話から、何が学べるか探求してみよう。
何か見つかるかもしれない。
そういう探求的な話の聞き方をすれば、何か世界が変わるかもしれない。
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# by GUILD_HALL | 2013-04-10 13:51 | デザイン
2013年 03月 26日

デザインとブリコラージュ

ブリコラージュは、レヴィストロースが提唱する概念

多くのデザイナーと呼ばれる方々のほとんどは、この「ブリコラージュ」に当てはまる
これから先も、これで良いのかといわれれば、それはないかもと思ったので、改めて頭の中のものを出してみる

課題として、表装を変える事を目的としたデザインという手法は存在する
しかしながらデザインの本質でいえば
 我々の直面する重要な問題はその問題を作ったときと同じ考えのレベルで解決することはできない。
  - アルベルト・アインシュタイン

とあるように、そのくらいでなくてはいけないだろうなぁと思う

たとえば、携帯電話がiphone登場以前と以後を比較すればわかりやすかろう。
多くのデザイナーと呼ばれている人の行為(仕事)の本質は変わっていないことを。
従来品との差別化を創るためにデザインされている事がその分野の仕事の本質だと僕はいいたい。
デザイナーに限らずiphoneが革新的なデザインであって特別だと思いたいのだろうが、僕はそう思わない
これこそが今後多くの日本のデザイナーが手がける仕事なのではないかな?と思う

戦後から築き上げてきた日本の技術は、デジタル保存され海外に輸出(または模倣)され、その技術によって作らせる製品は日本である必要は無くなってきた。
それ故、現在従来の「日本製品の優秀さ」というブランドを担保にして、日本製品は存在している。
前述の「問題はその問題を作ったときと同じ考えのレベルで解決」することは、海外で解決した方が安い時代になってしまったのだ
しかもそれを繰り返す内は「ガラパゴス化」したサービスに依存するソフトウェアしか生み出さない。

ではどうやって、そのデザインアプローチをすればよいのだろうか?という疑問が湧いてくる
その問題を解決する答えは、いくつかあるだろう。
すぐに思いつくのは「問題を抽象化する」という一つのアイデアだ。
現象を捉えて、概念化し、新たに問題を創造する。
その新たな問題を解決するアイデア(再具象化)していけば、おのずと本質が見えてくる。
その本質をお金に換えるプランと合わせれば、日本発信型のオリジナルデザインができあがる

がんばれニッポン!!
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# by GUILD_HALL | 2013-03-26 15:41 | デザイン
2012年 08月 29日

アップルとサムスンを見て、今後何をデザインするのか?

アップルが訴訟で勝った意味
を読んでみて、そうだよね〜と思った。

今、日本のメーカーの多くは、「どんな効果があるか?」証拠を求める
そりゃぁ売れるか?儲かるか?生き残れるか?開発に託すわけだから、いろいろなもっともらしい理由を求めてくる。

アップル社のiPhoneなどのデバイスにおいて、今回認められた特許の優位性、差別性には、もっともらしい理由はおそらく提示できなかったはずだ。開発当時は。。。。

つまり、提示できないものは開発も含めて、見送られてしまう。
かつての先進的イメージが無くなった品川のS社は、まさにそれなのではないか?
見たわけじゃないけど、体験的にはそんな感じがする

つまり、サムスン社も今後も「これ」をないがしろにすると、S社同様の運命が待っている。
いやいや、日本の電機メーカーと同様なのだ。

じゃぁ「これ」とは、いったいなんだ?
根拠が不明でも良いのか?誰が責任をとるんだ?と言う意見もあるだろう。
一つづつ答えると「これ」というものは、「そこにあるもの」そのものだと言える。
たとえば電話ならば「電話」なのだ。ゲームができたり、ネットワークを利用して、データ通信できたり、と言う機能はあっても良いが、それがすごく重要かというとそうでもあるしそうでもないのだ。
簡単に言えば「だってそうなってるんだも〜ん」ということが、受け入れられれば売れるし、受け入れられなければ売れない。
機能を中心に「そうあらねばならない」的な合目的な開発は時代に合わないというのが言いたいこと。

「こっちのみ〜ずはあーまいぞ〜」と言われて、
  糖度はどれくらいか?
  砂糖なのかアステルパームなのか?
とかそういう理由では、今後ものは売れないだろう。
「あまいんだな〜」と購買者が感じて、「これだね」と言わせることができるものが売れるものなんだ
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# by GUILD_HALL | 2012-08-29 21:59 | 次世代デザイナーの要件
2012年 08月 24日

作文を書いてみて。何がデザインされているか?

作文って小学校の時に書いた作文のこと。
日記でもいい。

作文というのは、出来事 + 感情・感想・心の状態など、感じたことが書かれている。
厳密に区別したいので、起こった環境・状況を出来事と言うことにする。
ここでは出来事を「事実」「真実」として扱わない。理由は後述。

たとえば学校で遠足のに行ったときの作文を書いたとき、同じ出来事を体験しながら内容は異なる。
さらに厳密に言うならば、時間と場所を共有しながらも体験は違っているかのように描写される。
時間と場所は、否定することのできない出来事だ。
なぜ体験は異なっているかのように参加している人々の中に存在するのか?

それは体験した人の世界観ともいえる「視点」の違いだろうと考えられる。
視点はその人の関心により様々に切り取られていく。
切り取られた情景に、感情が加えられる。

ということは、その人にとっては真実であり、事実であるが、出来事そのものが再生されているわけではないから、他者からすればかなりあやふやな出来事になっているはずだ。
まして参加者同士がその出来事に関して、昔話として話すときは、さらに話者それぞれ記憶に残っている感情の体験の断片をつなげながら話すものだから、かなり起こったこととはかけ離れた出来事になっている可能性がある。

そう、歴史の多くは、その感情の一人歩きがまるで真実であるかのように口頭伝承され、例え映画/映像であっても撮影者、編集者の視点・世界観で創られてしまう。

真実や事実というものは、「真実だ」「事実だ」といった人の中に存在していて、それを他の人に強要しない方が良いんじゃないかと思う。

人生とはそんな風に、自分の世界観があたかも真実であるかのようにデザインしているものだ。
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# by guild_hall | 2012-08-24 23:12 | デザインの姿勢
2012年 07月 15日

概念「デザイナー」という職業

気づいたら、こんなにも間が空いてしまっていた。
ごめんなさい

概念「デザイナー」という職業について考えてみた。
あくまでも概念の話だが、何かを創造する職業のイメージがある。
以下記すことは始めから独立して事務所を構えている人にはわかりにくい。
事務所にしても、メーカーにしても会社に就職したデザイナーには、デザイナーを辞めなくてはいけない時が来るらしい。
つまり現業のワークから離れた感がある「管理職」になるときだ。
この概念「デザイナー」という職業についているかぎり、この命題を避けることはできないようだ。
現場に残るか、管理職になるかという選択を強いられるらしい。

なぜこうなっていくかというと、自分で手がけないとそれは作品ではないという脅迫に近い観念があると思う。
作品を作らないことにはデザイナーとして認められない。
さらに言えば自分の存在意義がなくなってしまう位に考える人もいるようだ。

幼稚ともいえるが、本人はいたって真剣。何せ自分の存在意義がかかっているのだから。

枠を広げよう。自分が作り出す世界の枠を!
何をデザインしているのか?
本当は分かっていないと言うことを知れば、どんどん新しい世界を創造できるはずだ。
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# by Guild_HALL | 2012-07-15 22:49 | デザインの姿勢
2012年 04月 27日

デザインセンスを磨く方法 -2-

以前
も記してみたことだが、デザインセンスについて記してみる

デザインセンスとは何か?
・関心事の集合
・意識

これを鍛えるには、もう一段階下がることが必要だと感じた
つまり学校で僕が教えていたように「記して、残す」こと

僕の大学時代には、ロゴタイプの授業でこんな事を先生から教わった
「ノートを一冊用意する。そのノートの左側に「悪いと感じたロゴタイプ50個」右側に「良いと感じたロゴタイプ50個」を雑誌や新聞から切り抜いて貼り付ける。それを毎日続けて行くこと。」

見て集めて体で覚えていくことなんだな

最近気づいたのは、センスというのは「ボキャブラリーなんだ」ということ
赤ん坊の頃は「あー」しか言えなかったのが、ボキャブラリーが増えていろいろな単語を使い分けるようになる。
これと同じように良いと感じたデザイン、事柄、あれやこれやを形容詞や形容動詞など「簡素な単語」でノートに記してみる
意外と言葉が出てこないことに愕然とするはずだ。
しかしこれを繰り返していくと、言葉が増えていく。

こうやってセンスは磨かれていくと思う
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# by Guild_HALL | 2012-04-27 10:24 | デザイン
2012年 04月 25日

Facebookと個人情報

2006年の大学院研究で「人はどのように自分の環境と関わっているか?」を軸に、デザインの対象を金銭出納帳にしてみた。
簡単に説明すると、現在はお金と品物を問い変えたときに記録するものを金銭出納帳と呼んでいるが、本提案では「欲しい」「気になった」ときにも商品情報を、PDAのようなパーソナルデバイスに蓄積し、かわりに「こんな私がこの商品に気を止めた」という個人情報を店側に渡すという、情報交換もこの金銭出納帳に記録してはどうかという内容だ。
この「欲しい」「気になった」ものを集めてみると、自分のお気に入り環境となりそれが、自分で編集した第二次周辺環境といえるだろうという結論

それからおよそ7年が経ち、iPhoneやFacebook、Evernoteも台頭し、僕の研究も実現可能の世界になった。
いざFacebookを使い、友人のつぶやきにあるアプリのリンクをクリックすると「Facebookの情報を送りますか?」と出てくる。
こうやって情報の交換(全く新しい金銭ではない購買活動)が起こるんだなぁと再認識する次第。

あのころ大学で作り出した学部生のアイデアも今ではずいぶん実現可能だったり、既に実現していたり、時代を先取りした教育だったと思う今日この頃である
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# by GUILD_HALL | 2012-04-25 11:30 | デザイン
2012年 04月 23日

デザインの種類−起業的デザインと継承的デザイン

ずいぶんと久しぶりの更新
製造というか(世の人はそれを作品と言うが。。。。。)なんていうのか……
言いたいことの要点はクライアントからの依頼を受けて何か自分で創作して納品する活動から離れていて、違う活動の方が(負け惜しみではなく)おもしろくなってきて、製造に関するデザインのつぶやきのネタが自分にとって身近ではなくなってしまったため、このブログに向き合わなくなってしまった
そんなところ。

とはいえ、視点はこれから製造的デザインな視点は思いついたら記していくけれど、おもしろくなってきた方の活動について記す方が多いよーということは今のうちにお断りしておく。

僕が飛び込んだActivity baced Design というのは、2003年のことで早9年になろうとしている。
僕の生活はその当時、まさに製造的なデザイン真っ盛りだった。
しかしながらいずれくる過当競争を含むこの分野を脱却するべく新しい天地を求めて大学院へ飛び込んだ。
ユーザーターゲット、開発意図、納期、デビューといった開発期間の中でいかに使いやすく、わかりやすく、親しみやすいデザインを行うかが課題ではあった。
つまり合目的に開発は進められ、デザインはあくまでも目的を達成する手法であった。

Activity baced Design は、合目的とは正反対に、ユーザーの活動を通して人と物との関わりをデザインしていく。
違う使い方をしている場合、事業戦略とはかけ離れてものが見えてしまう。
新しいコンセプトを作るには良いが、既存の製品を新しくリニューアルするにはあまり向いていない。
iPhoneのような新規的なものを作るには適している

そこで今日のタイトルのような「起業的デザインと継承的デザイン」という言葉が思いついた次第
従来の多くのデザイン活動は「継承的デザイン」に該当する
ポスターでも、プロダクトでも。
誰かが作ったレールの上で何かを再構築し、プロデュース、プロモーションしていく。
だからレールに沿っていくように合目的なのだ。
対する「起業的デザイン」は、活動の中の意味をくみ取り再構成し、新しい意味あるものをデザインすることで新しい業態を作る可能性がある。

やっぱりおもろい。
そしてこのおもしろさは、やった人しかわからない。
だってマニュアル化できないから。
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# by GUILD_HALL | 2012-04-23 09:36 | デザイン
2012年 02月 26日

情報って何だ?

情報デザインで扱う「情報」てなんだ?
正しい答えがあるわけではないから、いろいろな答えが出てくるだろう。
僕なりに考えてみたんだが「エネルギーの流し方」なんじゃないかと思えてきた。

コンピューターや機械なら電気エネルギーの流し方になるだろう。
webのデザインを学ぶものもいるだろう

でもその源泉をたどっていくと、
誰かが、「こういうことをやるんだ」「いうんだ」「しよう」「言いたい」
というエネルギーを、何かのコンテナに乗せて、しかるべき誰かに届くようにする
この仕組みを考えるのが情報デザインの本流なんじゃないかと考えている

届き方の目に見えるある部分は、webのデザインだったり、インターフェースのデザインだったり、構造設計だったり、SNSだったり........
本質(源泉)をたどれば、発起人である誰かの強いエネルギーを具現化させるプロセスが情報デザインの最初の端なんじゃないかと考える次第。

だから情報には上流や下流はなく、エネルギーの発信者とリアクションする人のコラボレーションがはじめから設計されていないと、とてつもなく独りよがりな製品ができてしまう危険があるだろう。
だから、多くの電気製品って使いにくいんじゃないかな???

どうだろう..............
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# by Guild_HALL | 2012-02-26 23:42 | デザイン