デザインのつぶやき

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2010年 03月 18日

デザイナーに必要な資格

「学校卒業するまでに…」とか「資格があると…」のような話を聞くことがある
きっと、大学や専門学校、高校でも
「デザイナーになるためには、どうしたらいいか?」という問いの中にいるのだろう。

色彩検定やプロダクトデザイナー検定、インテリアコーディネータ資格などいろいろある

では何のためにそれらが必要になるのか?といえば、
「希望の会社の希望の部署に所属するため」
「良いデザイナーだと思われたい」とかいろいろだろう

ここで冷静に見て欲しいことは、デザインは何のためにあって、自分はどこに立ってどちらを向いているかということだ

もちろん正解はないから、誰がどう考えても良い
僕は、人が使って消費するためにデザインはあると考える
すべての人の関心を満たすためのデザインをするために資格とか知識が必要なら、この限られた時間の中ではすべてはできない
そして僕の視点は、僕が思う「良い会社」や「よい部署」「良いデザイナー」といった、「自分がどう見られるか」「どう満足するか」には向いていない
「人がどう使うか」「どう喜ばれるか」「どんな想定外のことが起きるか」など、自分や他の人との関わりの方へ向いている

問題は、その視点に立ったとき「資格が必要か?」ということではないだろうか?
デザインセンスというものは、資格では身につけることはできない。
デザインセンスは「よく食べ、よくのみ、よく眠る」といった「良く生きる」事から身につくものではないだろうか?
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by guild_hall | 2010-03-18 09:41 | デザイン
2010年 03月 15日

結局情報デザインって、何?

この3月になると、各美術大学で学外の卒業制作展が開催される
そこへ行ってきた

う〜ん。なんていうのか、仕方がないと言えば仕方がないのだが。
1.知らないことを知るようになるための、コンピューティング情報デザイン
 電子辞書のようなものですね......?
2.コンピュータを使った、新たな表現手法としての情報デザイン,インスタレーション
 知っている範囲で、コンピュータというフィールドを与えられての表現
 作者が面白いと言うから、面白い世界
3.いままでもそこに存在していたものに気付いて、新たに創作するデザイン
 (これを僕はやりたいと思っている新たなデザインの領域)

1,2のデザイン領域は、専門学校でもやっているし、また今までは見向きもしなかった理工学部でもやり始めたデザイン領域だ
その1,2の部分をいくら掘っても、他大学との差はない
3の部分は、他大学では全く気付いていない
そして、デザイナーの多くは語っても、気付かないし、それはデザインではないという

しかし、経営者や他の産業の人々は、この領域こそ現在の仕事に対してブレークスルーすると思って話を聞いてくれる
デザイナーと言いながら現在のデザイン領域から一歩も出ない現状と、デザイン教育というものは結構一致している。また残念なことに受験をする学生の多くは、1,2がデザインだと信じている

「情報」っていうが、ある人は知っているが別の人は知らないことを扱う事を情報というわけではないだろう
それはデザインとは言わないで、「改善」「改良」というのではないか?

いままでなかったものを存在させることは、発明とか発見という
既に「それ」はそこにある。しかし気付いていない。
「それ」に気付いて存在させるようデザインする
それが今後注目される情報デザインではないかと考える
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by guild_hall | 2010-03-15 00:08 | デザイン
2010年 03月 07日

ユーザー視点のデザイン

ユーザーエクスペリエンス、ユーザーセンタードデザイン、人間中心設計..........
いくらでも呼び方はある。
要するに使っている人の立場に立って、考えようというデザインの試みだ

もう一度見て欲しい
誰から見たユーザーなのか?

何かが悪いからそこを直して、誰かの視点で考えたら良いのではないか?
という視点がありそうだ
もしそこを直しても、また「まだ何かが悪い。誰かの視点で.....」

結局、私たちが気付きたいのは、自分視点で見たユーザー視点で、自分視点と言うことをないがしろにした「ユーザー視点」であり、自分視点でありながらも自分ではない他人の責任にしている点である。

ではどうすると、ユーザー視点であるか?という疑問も浮かんでくる。
たぶん、「自分はどうなんだ?」という所に立って、シェアし、人の意見を受け入れるところから始めることなのではないか?

そして自分の大きさを認めるところからではないと、偽善的な人間中心設計になることだろう
自分の大きさを認めることは、自信を持つということや、ポジティブシンキングや、自分の悪いところを認めるとかということを指しているのではない。
「自分はどうなんだ?」という事は正しくもなく、悪くもなく、
ただ「こう思った」「こう考えた」をちゃんと存在させ、人に伝えるだけである。
ヘンに思われるとか、おかしいしあり得ないとか、あらかじめ自分で答えを用意することなく、シェアする事が自分の大きさだと思う。

それが、人間中心、ユーザー視点のデザインだと思う
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by guild_hall | 2010-03-07 13:38 | デザインの姿勢
2010年 03月 02日

ワクワクからデザインをデザインする

最近世の中は、「ワクワク」がキーワードのように思える
平積みされている書籍、雑誌などでも
「いかに楽しく仕事をするか?」のノウハウ本というか、業績が上がっている紹介本が多く出版されているように思える

これを見る人は、どういう気持ちで見るだろうかと言うことに興味がある
「確かにわかるけど、自分とは関係ない」と思うのだろうか?
How to ではない。
やり方は書いていなくてエッセンスのみだ

これは知識ではどうにもならない世界だ
どうやったら手に入れられるかというと、「コーチを受ける」事につきるだろう
人知れずこっそりやるわけにはいかない
今までのように素振りや筋トレをするようには行かないのだ

表層的なデザインという言葉もずいぶんと言い古されたとおもう
ワクワクするデザインをデザインするには、コーチが必要だと思う
デザインもそう言う時代になってきたと思う
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by guild_hall | 2010-03-02 16:34 | デザイン