デザインのつぶやき

guildhall.exblog.jp
ブログトップ

<   2007年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧


2007年 03月 27日

自分探しの旅

よく雑誌のテーマに取り上げられるようだ。
「自分探しの旅」

旅に出なければ見つからないのか?
自分とは何なのか?

日頃、日常には、習慣が埋め込まれてしまっている
御飯を食べるのにも、外出するにも、風呂に入るにも、トイレに行くにも…
その習慣から離れてみるには、良いチャンスだと思う

僕は思う
人は、人と関わり合いながら生きている…と。
ならば、人との関わり合いの中でしか自分は見つけられないのでは…と。

本当にどう関わっているのか?自分の行いは、どう人の役に立っているのか?
もう一度見直してみよう。
会社を辞めたり、恋人と別れたり、旅に出たりする前に…
何か、埋め込まれているはずだと思う。
[PR]

by Guild_HALL | 2007-03-27 17:21 | デザインの姿勢
2007年 03月 24日

デザインを続けていくと言うこと

自分が最近気付いたのは、どうやらこのデザインという世界で生き延びていくにはどうしたらいいかという事への嗜好性が強いということだ

目先の問題として、僕が担当するデザインというのは、まずクライアントのフィルターを通り、世の中へ出ていく。
もちろん、そこでのユーザの目はさらに厳しく、使いやすさ、好ましさなどを包括したフィルターで商品が機能共々、僕のデザインと一緒に消費されていく。

いわゆるグラフィック系には少ない姿勢なんじゃないだろうか?
表現の新規性は、そこでクライアントが目にしたときに消費されて終わるように思う。
もちろん市場での評価もされるが、その時はグラフィックが評価されるの事はほとんどあり得なくて、商品そのもの(機能や仕様)が評価されていると思う

情報プロダクトに関わる僕としては、やはり生き残る方法として、そのデザインを消費するユーザの消費の仕方を考えてデザインを行った方がよいと思うのだ。
[PR]

by Guild_HALL | 2007-03-24 23:26 | デザインの姿勢
2007年 03月 20日

その人の役割の終わりと始まり

この3月で僕の大学生活が全て終わる
講師も終われば、学生としても終わる。
あっという間の2年だった

自分の意志ではないところで、そういう人事的なことが判断されるのは良くあることだ。
会社勤めの時にはそれを悩んだりした

今の僕は単純に、自分の学ぶべき事が終わり新たな課題が始まったと思っている。
恋人や親しい友人との別れも同じだ。
友人や恋人などの人間関係は異なるが、同じポジションに固執する必要はないだろう
何というか、美しくない。美意識の問題かな?
去ってとっとと、後輩に道を譲るのが先輩としての振るまいだろう。

いつまでもいて「うざい」といわれないように、老兵は消え去るのもいいんじゃないかと。
自分の引退も同じに考えていて、どう美しく引退するか。
後輩に何を残して、引き継いでもらうか。
そんなことも考えているのである。
[PR]

by Guild_HALL | 2007-03-20 14:41 | デザインの姿勢
2007年 03月 09日

デザイン意匠の善し悪し

単に「見てくれ」のはなし。
僕的には、デザインでいつも焦点が当てられる「意匠」の善し悪しは、「他との比較」だと思っている。
「このモノには、このデザインにはあり得ない」という会話でも、「商品性」と「意匠性」が一緒に取り上げられているが、やはり「比較」した上で「あり得ない」と感じているはずだ。

最近は、安直なモノが多いし、かつ、意匠品質が落ちていると思う。
商品のライフサイクルが短くなり、低価格化が進み、デザインにかけられる時間が少なくなっているのだろう
デジタル家電の代表的な携帯電話の画面やその他のプロダクト製品全般にいえるだろう。
デジタル化や機械化で、短くできるところは短くできるのだが、デザインという発想の時間は早々短くならない
短くするには、良くモノを見て自分の中にたくさん経験を蓄積しなければならない。

アナログの「腕時計」を例に見てみよう
おそらくこの100年は、基本的にそんな大きな進化はしていない。
(精度は上がったり、電波時計などの先端的な事はあるが)
文字盤を見てみる。
国産の比較的安いモノから、高額なモノまで…
そして外国メーカーの輸入品を見てみる…
バランスがどことなく、ぎこちない国産品を確認していただけただろうか?
ほんのちょっと太さが違ってたり、もうちょっとだけ位置が違っていたり大きさが違っていたり。
そういうすごく微々たるバランスが悪い。
高級品ですら、材質、質感はよさげだが、最後の最後で、重箱の隅をつつくような点で意匠デザインが劣っていると感じる。

こういうのは、みて比較して、経験しないとわからない
アイデア出ししているときは、自分の表現かもしれないが、製品化に進めるレベルでは非常に他者の視点的な目を求められる事に留意したい
[PR]

by Guild_HALL | 2007-03-09 17:46 | デザイン
2007年 03月 05日

デザインと料理

僕は料理を作るのが好きだ。
食べることももちろん好きなんだが、作ることはそれ以上に楽しく、デザインしているときよりも好きかもしれない。
「作る」という同じ軸に乗っている事が理由かもしれないが、それ以上に楽しい点が多くあることに気付いた。

・自由に作れること
これは大きい。たいていデザインというのは制約があるモノだ。
しかもクライアントの意向も考慮しなくてはいけない。
それに引き替え料理を作るという行為は、ほとんど制約がない。
あるのは予算と調理環境くらい(もう少し火力が欲しいとか)である

・使う人(食べる人)の反応が身近に見て取れる
デザインされたモノは、ほぼ、どの様な反応が起きているかわからない
商品化されたモノの売れ行きは知っているような知らないような所もあるが、その程度であり「良い」も「悪い」も他者の評価は「クライアントの評価でしかない」

デザインも料理も使う人(食べる)がいて、そこでの評価でしかない
次も頼みたい(食べたい)かどうかである

b0004318_4305254.jpg
これは先日作った、豆乳を使ったクリームパスタである。
乳製品を使わずにコクを出すことは出来ないので、チーズをほんの少し使ってクリームソースらしさを出した。
[PR]

by Guild_HALL | 2007-03-05 04:29 | 料理