デザインのつぶやき

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2006年 04月 17日

感動という体験

多くの人は、感動を体験にカウントしていないんじゃないかな?
この心の体験って、結構大事だと思う
しかも、感動というと美しいものをみたとかの「共感的感動」が多いように思う

でもデザインするにはそれだけじゃだめで、いいことも悪いこともひっくるめて感動だと思う

からだで「体感」し、心を「奮わせたこと」を文字に書き落としてみる
そんな作文から生まれることってなんだろうって考えてみる
自分は何にひっかかっているんだろう…
その感動は自分だけか?

たとえばキャンプをすれば、雨の日だってある
キャンプの雨の日は誰だって嫌だ
荷物もぬれれば、自分もぬれる
汗と混じる、気持ち悪さ。
靴下がぬれると最悪に気持ち悪い
出来事だけではなく、気持ちもなぜかを考えて記してみると、いろいろわかってくることもあるものだ
それらすべてが感動なんだと思う

もっともっと、感動を自覚しよう!!
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by Guild_HALL | 2006-04-17 11:28 | デザインの姿勢
2006年 04月 14日

情報デザインって…

2年生限定で定義を決めた
「考えたことを伝えること」
主語は、「自分が」という場合と「他人が」という場合がある

すごくいろいろな意味が含まれちゃってはいる訳なんだが、何かつかめるモノをあげないと学生が困る
含まれた意味を、よくかみしめて、出しては眺め、眺めてはかみしめている内にいろいろとわかってくることも多いだろう

だからいいんだ。
まずはこう考えて、トライしよう
進んでみよう
伝えてみよう
きっとうまくいかない何かがあるんだ
その何かがわかったら、素敵なご褒美があると思う。

そう、それがデザインのおもしろさなんだ。
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by Guild_HALL | 2006-04-14 00:49 | デザイン
2006年 04月 13日

面接を目指す 〜就活中の皆さんへ

内定を目指しちゃいけない
面接を目指した方が良い

会って話す
これが大事
書類審査や作品審査がある
そこで選ばれない場合だってある

書類審査の審査基準はいろいろあると思うが、僕の審査基準は「会わなきゃわからない人かどうか?」
つまり書類に書かれた事以外に、「込められた思い」が聞いてみたいのだ
書類にはもっともなことが書かれていたり、単純にキレイにまとめられているだけかもしれない
でもその裏にあるその人そのものに会ってみることが、この先自分の会社の発展につながると思っているからだ
自分一人で会社を動かしているわけではなく(もしそうだとしたら、大変危険)、誰かに支えられたり協力してもらったりする訳なんだ
それなら僕は、「支えてくれたり」「協力してくれたり」してくれる人を求める

だから会わなくちゃならないんだ。

面接で自分の紹介が自分の納得いく形で紹介できたら、それでOKだ。
うまくいかなかったと思ったら、反省しよう
なぜそれでOKか?
なぜなら相手にも受け入れ態勢があるからだ。
つまり、アピールしてくれたその人がその会社にあっているかどうかが問われたわけだからだ
内定をもらえなかったということは、単にその会社の視点で見たとき「その会社にとって、その人は合致していない」というだけ。
合致していないのに入社してしまったら、それはどちらにとっても不幸な結果が待っている。
嫌々仕事をする社員と、成果が上げられない社員を抱える会社という図式は避けられない。

とはいっても、ほんの数時間の面接でその人なりがわかるわけではない
でも、仕事とはそういう短時間で判断されて、どんどん進んでいくモノだ
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by Guild_HALL | 2006-04-13 10:09 | デザインの姿勢
2006年 04月 11日

将来のデザイン領域

今まで僕はプロダクトデザインを学び、なぜかGUIデザインはたまた情報デザインと領域を広げてきた。
プロダクトでもGUIでも新しいデザイン提案が求められる。
そう、「近未来的な生活/活動提案型」のビジュアルでありスタイルだ

メーカーのインハウスデザイナーは気付きにくいが、やはり同業他社は増えていく(デザインという職業を名乗る会社や人々)
簡単に言えばシェア争いだ。
よりサービスの幅を広げ、料金の安いところが生き延びるようにできている。
それが資本主義経済であり、自由競争(原則的には…)なのだ。
故にいずれはデザインも価格競争に飲まれ、また今日の日本のように製造方法が変われば工業に携わるデザインのやり方も変わり、当然プロデュースに関わる部門に避くことのできる費用も変わる。

僕のように少ない人数でサービスの幅を広げるのはほぼ不可能だ
だって意匠だけでも「扱う領域」は増えていく訳で、技術も道具も進歩していく
領域を広げ、意匠の質を高めるなんて24時間ではとうてい追いつかない
3Dを覚え、CSSを覚え、ユーザビリティを研究し、流行を追いかけ、先端を予測し、センスを磨く…
(デザイン)市場を見ながらシェア争いをしなくてはいけないなんて、ホントに大変だ

そう抜本的に再構築しなくてはいけないんだ
そうしないといつまでもシェア争いにいることになる
つまりデザインという領域をデザインしなくてはいけない状態になってきている
それは
   「近未来的な生活/活動提案型」ではない領域であり
   今日の日本の製造方法の将来像を予測したデザインの関わり方の技術を身につけること
それが将来のデザインする領域なんではないだろうか
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by Guild_HALL | 2006-04-11 23:38 | デザイン
2006年 04月 09日

対象読者

このブログの対象読者はだれか?
皆さんであるのはたしかなんだけど、結構その時々で「この人」を決めてます。
「この人」が見てくれているかどうかは別。
また、「この人」が自分である場合もあり、判断は微妙。

あくまでも事例あってのつぶやきです。
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by Guild_HALL | 2006-04-09 22:26 | デザインの姿勢
2006年 04月 07日

努力は報われる…

多分報われると思う
報われない場合は、報われる事を期待して努力している場合じゃないかな?

ほかにもいくつか報われない場合がある
1.やり方が違う場合
砂漠に稲の苗を植えて、米の収穫を狙うようなものだ。
おそらく従来の(古来の)水稲方式ではだめで、何か特別な工夫「やり方」ウィ生み出さなければ努力は報われないだろう。
おそらく僕らも普段から、無駄な努力と言う訳ではなく、違うやり方を一生懸命やってうまく行かないと思っているんじゃないかと思う

2.極限状態の場合
例えば戦争中とか、ガチガチの官僚組織の場合。思ったような成果は期待できない

僕が思いつくのはそんなところだが、すぐには努力は実らない
結果は後からついてくると言う事、そしてやり方を適宜見直していけば、その努力はきっと実ると思う
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by Guild_HALL | 2006-04-07 00:51 | デザインの姿勢
2006年 04月 01日

自分に置き換えて考えてみる

僕にしても、諍いがないわけじゃない
どうでもいいことに腹をたてたり、ムッとしたりする。
特に人に言われもないことだと思っていることほど、ムッとするモノだ。

最近はできるだけ言い返さないようにしている。
かといって別に泣き寝入りしているわけではない。

言い返すだけ「しこり」が残る。嫌な気分が残る。
それなら、最初からその人と関わらなければ良かったと思ってしまう。
それも社会で生きている自分としてはもったいない。

それならこの嫌な思いはどうしたらいいか?
なんでそんな事態を招いたのか?
何か一歩でも前へ進むチャンスに変えたいと思うのだ。
そう。二度と同じ間違いを繰り返さないために。

では自分が相手の立場だったら、どうして欲しいと思うのか?
その思いは、わがままから来るのか?そうではないのか?
冷静に考えてみる。
冷静に考えてみると結構自分のイタラナイ点も見えてくる。
そう、お互い様だと考えてみれば相手に腹も立たない(気がしてくる…)
それでも「ふざけんな!!」と思える相手なら、仕方ない。
やはりそういった人と関わってしまった自分がいけないのだ。
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by Guild_HALL | 2006-04-01 17:15 | デザインの姿勢