デザインのつぶやき

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2006年 03月 27日

デジタルテレビと著作権

地デジだそうな。パソコンでデジタルテレビが見れるのだそうだ。
録画もできるのだろう…
できたモノは、DVDにやけたりするのかな?

簡単に書いてしまったけど、実はこれDVDレコーダーではちょっとやそっとじゃできないしろものだったりする。(この書き方は正確ではない)

確かに録画はDVDレコーダーでできるのだが、これを取り出してDVD-Rに焼くことはできない。著作権保護のためにコピーガードが掛かっているためだ。
DVD-RWに焼いて取り出すことはできるが、イニシャライズをしても互換性が低くて自己録機でしか再生は難しい。

数年後には地上アナログ電波が無くなり、今までのテレビはただの箱になるだろう。
と言うか粗大ゴミになる。(ビデオデッキもね)
それは時代の趨勢として仕方ないと許されるのかも知れない
けれど、これからの時代は見損なった番組をビデオテープやDVDにして手軽に人から(貸して)もらったり、ハードディスクにいっぱいになった番組を手軽に焼いて整理すると言うことは難しくなる。(地デジ番組はDVD-RWに焼いてしまうと、ハードディスクに戻せない)

自分たちの著作権を主張するのはもっともだが、誰のための番組かを無視したような仕様だと思ったりする。
いまはまだ普及も少ないからこの問題に対してのクレームは少ないが、この先の買い換えユーザーが増えるにつれ、視聴者からどのように不満が出るか、楽しみだ。
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by Guild_HALL | 2006-03-27 02:25 | デザイン
2006年 03月 25日

チャンスをつかむって…

さほど難しい事じゃないと思う

昨日3/23は、卒業式でした
学生の諸子は、いろいろ学んだり、友人ができたと思う

ほらね。あまり気付かない事だけど、「学ぶ」とか「友人ができる」なんていうのも、チャンスをつかんだ事の一つじゃない?
だってすべての学生と友人になれた訳ではないでしょう?
つまり、たまたまであった人と知り合うことができて、それが続いたり、
たまたま(もしくは自分が好きだから)選んだカリキュラムで、新しい学びをつかんだり

なぜだか知らないけれど、たくさんの選択肢の中から自分がチョイス(意志を持っている場合も、そうでない場合も)したら、たまたま長く続いていると言う事じゃないかな?
このことは「チャンスをつかんでモノにした」と言うことができるんじゃないかな?

これをもっと意識を持って継続できると、かなり良いチャンス(自分にとって都合の良いチャンス」をつかむ事ができると思います
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by Guild_HALL | 2006-03-25 01:40 | デザインの姿勢
2006年 03月 24日

ありがとうの拡大再生産

今日(3/23)は学校で卒業式があった
(今年は送る側だったが、来年は送られる側…)
これもセンスの内にはいると思うのだが、ありがとうを拡大再生産して欲しいんだ

どういう事かというと、ありがとうと言いたいことを人にしてもらったら、
その感謝をその人に好意で返すのではなく、他の人に返して欲しいのだ
僕的には、してくれた人には心から「ありがとう」と言えばまずは良くて、
そのしてもらった行為と感謝の感動を他の人に伝えてもらえることが嬉しい。
さらにいえば、その伝えた相手にもありがとうの感謝の言葉を返してもらえれば最高。
そういうことを繰り返していくと、「心地よくなる」センスが磨かれていくと思うんだ

たとえば
財布を拾って警察に届けるとしよう。
しばらくして落とし主から連絡があってお礼がしたいと言われた時に
「僕にお礼よりも、身近な方に何かしてあげてください」
子供と遊んであげるとか、奥さんの変わりに食器を洗ってあげるとか…

嬉しいことを人に拡大再生産して、感謝を伝えていく
なんて言うような世の中になったら、素敵だな。
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by Guild_HALL | 2006-03-24 06:17 | デザインの姿勢
2006年 03月 20日

ダークサイド

なかなか表に現れない難しい問題。

人は誰でも心が弱くなって、誰かに頼りたくなったり、話を聞いてもらいたくなる
そんなときがあります
お金に困ったり、受験がうまくいかなかったり、失恋したり…
何故かそういうときに都合良く、その願いを叶えてくれる人が現れたりします
ご飯をごちそうしてくれたり、話を聞いてくれたり、何か買ってくれたり…
そういう人とつきあい始めていると(恋愛に限らず)、いつかこれっておかしくない?
と言うことに気づく場合が少なくないようです。
相手がやくざだったり、借金王だったり、ヒモだったり…

そんなときこそ自立のチャンスだと思うのですが、やっぱりこの弱い自分という大気圏からは脱出できるほど力強くない自分がいたりします
そうなんです。僕はここに気づくことが大事なんだと思います
・チャンスだと気づく
・弱い自分がいる
・なかなか脱出できない
この繰り返しでしょう…
この気持ちとこの現状把握するだけで、知らないうちに過去の自分とは格段に上に上がっていることに気づくと思うのです
螺旋階段のように上がっているんじゃないかと思います

これがダークサイドから脱出する方法なんじゃないかな?
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by Guild_hall | 2006-03-20 12:04 | デザインの姿勢
2006年 03月 19日

自分の望む状況と、現実

恋愛でもそうだが、混同している人が多い
自分の望む状況と、現実は違うって事を…
「いやいや。わかってますよ。自分の思ったとおりの世界なんて無いって事を…」
多くの方はそう言う

おいおい。待ってくれよ。
それなら、何故人に対して怒ったりするの?
それこそ自分の都合の良いところだけをそう考えてないかな?と思うのです。

自分だけじゃないから、自分の望まないことが起きるのは当然で、それを理解しているのなら怒る必要はない
「そうは言っても腹が立つことだってあるじゃない…」
そりゃあるけどさ。ここで、怒りの言葉を掛け合っていても、一歩も前に進まないじゃない?
ここで同じような言葉を返しても無駄だなって思うのですよ。僕の場合…
この事態を我慢すると言うよりも、むしろここはこういうモノだと止めてしまって、
次の良いこと、他の幸せに目を向けたい。
「それは逃げてないか?」という質問もあるだろう
怒りの中で何かをしても、さほど良いことは生まれない
むしろ頭を冷やして、本質的な最適解を求めたい

まぁそんなことを考えています
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by Guild_hall | 2006-03-19 01:00 | デザイン
2006年 03月 18日

ロングライフデザイン

難しい話ではなく、デザインは古くなると言うこと
でも、古くならないモノもあるんだけど、それは何故なんだろう?
と考えたことありますか?

奇をてらったモノは、比較的飽きられやすい。
xx年代を象徴するような、デザインといわれてしまう
でもごく普通に見受けられるモノは、かなりロングライフなデザインが多い

時代に即したキレイにまとまっているモノは、ロングライフになりやすいんじゃないか?
名刺のデザインの本を手に取ってみる
おそらく今は良いかも知れないけれど、数年後には「変」というモノも見受けられる
逆に、今見てもさほど新鮮ではないけれど、
文字がキレイだったり、
レイアウトがキレイだったり
差し色が効いていたり
そんなちょっとしたデザイン要素を持った物は、数年後でもキレイに見えるんじゃないかと思う

そう、奇抜なモノよりも基本を押さえて、時代を差し色程度にあしらったモノがロングライフになるんじゃないか。
そんな気がしてならない。
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by Guild_hall | 2006-03-18 01:24 | デザイン
2006年 03月 17日

情報デザインの授業で伝えたいこと

カリキュラムのことを考え、自分の立ち位置を考え、生徒のことを考え…
絡んだ糸をほどきながら、面倒だなと思い、またやりがいを感じ…
あれやこれと試行錯誤する

今まで、どういうスタンスで望んでいたかと言えば、
「僕がスタッフに抱えるなら≪このくらいは知っていてよね≫を伝える」というスタンス
だからフラッシュコンテンツの作り方でもなければ、ブログサイトの作り方でもなく
ましてやアニメーションムービーの作り方でもない
「情報デザインを学んだんでしょ?キミィ?」
と言われないような、基礎のつもり。
だから
・アプリの使い方は、どこかで聞いてください
・WEBだろうとムービーだろうとアリ
という、大きな枠でやってもらった

結局、何年経っても陳腐化されない何かはあるはずで。
その何かという「柱」に興味を持ってもらうことが大切なんじゃないかと思っていたし、今でも思っている。

そして、僕が一番気をつけて伝えたいのは「自信を持つ」こと
どうも「やってはいけないんじゃないか?」と二の足を踏む人が多いように感じる
あまりにも「なにかができる」事に固執している様に感じる(例えばWEBで表現すること…とか)
僕は「何かができる」ことより「何かを考えることができる」事が一番大事だと思う
なぜなら、その「考え」がその人であり、二つとしてない「考え」とその「答えの導き出し方」だからで、
他人の「考え」とは全く違う、オンリーワンな訳で。
僕はその「考え」一つ一つを大事にしたいと考えて接してきているし、これからもそうするだろう

技術はどんどん陳腐化する(もちろん若さも)
しかし技術を使う人の「考え」は、いつも最適解を探し求めているはずだ
これから、僕が関わった生徒達が世の中に出て行く
もう彼らはライバルであり、明日の僕の「考え」を凌駕する「考え」も出てくるだろう
そう、今までの僕には、明日の僕だけがライバルだったけれど
彼らが社会に出るからには、彼らも明日の僕のライバルになる
他人に陳腐化される前に、自分で自分を陳腐化しないことには生き残れない。

それが生涯現役デザイナーを狙う僕の目標でもあるのだ
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by Guild_hall | 2006-03-17 00:10 | デザイン
2006年 03月 07日

人事採用者と結婚相手の見つけ方の共通点

それが何のデザインの姿勢と共通点があるのだろうか?
かなりシビアな共通点があると思います
それは、未来と本質がキーワード

先日「小さなデザイン事務所から、メーカーとかに入れますかね?」と聞かれた
入りにくいことは確かだろうけれど、可能性がゼロとはいえないと思う
ゼロを100%に近づける努力はどういう点にあるんだろう

おそらく未来の提案と、過去の考えてきたやり方にあると思う
作品集は、それはそれというもの
確かに綺麗なほうが良い
大きな実績のほうが良い
でもね。多くの人は「多くの実績はその人の力だけでできたわけではない」ことを知っている
つまり実績という作品の課題は、どういう考え方をして解決できたか?
それがその人を表す「ノウハウ」というもんだ
綺麗な作品を仕上げる人はたくさんいる
どういう過程を経て、綺麗な作品になっていったのか

そして、採用担当者が思うのは、「自分の会社が発展していくには…」と考えているわけで
そこをつつかない手はない
つまりそれが未来だ

結婚相手の見つけ方も似てないか?
つまり、外見よりも中身
外見は年とともに若さには負ける容貌になる人が多い
じゃぁ考え方はどうかといえば、柔軟に考え、人の話を聞き、現在の問題を良い方法で解決してくれる人のほうがステキに思えないか?
そう思うのは僕だけかな?
将来に対して夢を語ってくれて、一緒に実現しようといってくれる人
そんな人をやはり就職担当者だって期待しているに違いない
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by Guild_HALL | 2006-03-07 00:55 | デザインの姿勢
2006年 03月 04日

人生の課題とは

例えば、1リットルの水筒に1リットルの水を入れる課題があったとする。
それを誰かが手伝って、500cc入れてくれるとする。そうすれば、半分入れればいい課題になる?
いえいえ、そんなことはありません。水筒をいっぱいにするのではなく、ちゃんと1リットル入れるのが課題ですから。

つまり、誰かが甘やかして手伝ってくれても
その課題は達成されるまで、終わらないということ

考え違いしないように…
(だから僕は、手伝うことはしないで導くような発言しかしないわけ…)
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by Guild_HALL | 2006-03-04 22:47 | 処世術?