デザインのつぶやき

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2006年 02月 27日

To Do リストをつくる

とにかく、なんもかんもあって、忙しいと感じるとき
どこから手をつけて良いかわからないとき
やらなきゃいけないことがいっぱいあって、おたおたしているとき
焦ってパンパンな時

とにかく、To Do リストをつくる
そして順番をつける
全部いっぺんにやろうとしないで、一つずつ片づけていく

オーバーワークであることは素直に認めて、一つずつ片づけること
それが明日のために、いまできること
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by Guild_HALL | 2006-02-27 03:36 | デザイン
2006年 02月 26日

続・プレゼンの極意:安藤選手に学ぶ〜トリノオリンピック

安藤選手は残念な結果かどうかはともかく、24人中15位だった
4回転がうまくいかなかったとか、前評判に比べてどうとかいうことではない
この競技が、僕らのプレゼンと同じようなモノだと仮定すると、いろいろ学ぶべき点が多い

僕が思うに、山場を一つにしてしまうことは、やはりプレゼンする側にとっては心理面でよくない
安藤選手でいえば、四回転にたよりすぎた
つまり一つの提案が、いろいろ事情があるにせよ、提案である以上「NO!」とされてしまった場合、後の説明が立ちゆかなくなる。
心理的に非常につらいモノになる。
もしそれが非常に良いアイデアだとしても、それが実を結ばない場合、何も得られなくなってしまう。

次に、プレゼンは最後まで、全力でやること
安藤選手でいえば、四回転の失敗によって「力が抜けた(彼女の弁)」
冷たい言い方だが「甘い」
僕らのプレゼンにしても、徹夜が続いて最後にプレゼンということも多々ある。
提案のポイントがことごとくはずれていったとしても(アイデアの非採用になったとしても)、最後まで提案のポーズは崩してはいけない
なぜなら、僕らはプロだから。
提案をすることによってお金(報酬を)頂いているのである。
確かに責任の重さ、期待の重さは違う
しかし、僕らはプレゼンに全人生を賭けている(気づかずに掛かっている)のである
自分の人生に言い訳したところで、仕方がない
本来なら鼻をすすりながら、演技している余裕など無いのである
次のプレゼンにつながるような提案を行わないと、残りの人生すら危うくなってしまう。
おいおい、こんな事でくじけてなるものかと、立ち向かわなくちゃいけないんだ。

ショートプログラムでの1位か2位の選手のコメントが印象的だった
「今日はうまくいった。でも明日からは、ゼロからのスタートだ」
どんなにうまくいっても、結果を出したらゼロからのスタートなんだ
これは、試験、プレゼン、就活、面接、内定、ありとあらゆる節目についても言える
このゼロスタ−トについては、また詳しく触れよう
僕はゼロからのスタートを知っている人ほど怖いモノはないとおもう
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by Guild_HALL | 2006-02-26 01:54 | デザイン
2006年 02月 23日

自分に自信が出てきたか?

先ほど、お風呂に入りながら気づいた。
あまりオヤジギャグを言わなくなった。

4年前、会社在職中は「オヤジギャグといえばこの人」みたいな言われ方もしていたのになぜ?と自己分析してみた

自分に自信が持てなく、笑いが取れる人気者でもなく、また人の話題の中心になるような存在でもなかった。
地味な性格、よく言えば真面目という、かなりな堅物だったと思う
それでも、チーフデザイナーという肩書きがあることもあり、無理をしてギャグを言って若手に取り入ろうとしていた
それがオヤジギャグ伝説の発端だとおもう

その後、ものすごい落ち込みとその結果に起こる鬱を乗り越え、
ハイパーポジティブな姿勢を持つようになってきたためか、あまり言わなくなってきたようだ。
それは自信をつけてきた証拠かも知れない

まぁ、無理しないでも天然な性格と、ハイパーポジティブなおかげで、適当に笑いが取れることがわかったというのも原因の一つだろう
まだ頭の中はまとまっていないが、ご報告まで
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by Guild_HALL | 2006-02-23 01:41 | デザインの姿勢
2006年 02月 20日

江原さん的「必然性」と「デザイン」 - 続き - 「感謝」と「良いこと」

---------  前回から続いてみました  ----------

じゃぁ、ここでいつも私が言っている「感謝」という物を加えてみる

もし必然性が自分を取り巻くいろいろなモノにあるとしたら…
…理由があるでしょう。必然の理由が…

そう、理由があるとしたら、「どんな理由だろう」と普通は考えますね?
つまり、いろいろ自分を取り巻くモノに「気が配れる」わけです
すると
「自分にとって良いことは、自分のおかげ。良くないことはあいつのセイ」
という考えを持たない限り、誰か/何かのおかげでいろいろなことが起こっていると気づくでしょう。
すると、どんなモノにも感謝できるようになると思います。

良い天気で外へ出ることも、信号待ちさえも…
いろいろなことに気を配りすぎるくらいに気を配っていると、
これは、今すべき!!という感性が養われていく気がします
そうやってすべきと気づいたことを行って、これも感謝の心を持って気を配っていると、
すると、なぜか自分にとって良いことが続いたりします
これ本当です
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by Guild_HALL | 2006-02-20 22:43 | デザイン
2006年 02月 20日

江原さん的「必然性」と「デザイン」

最近よくテレビなどメディアによく登場し、書籍も売れているスピリチュアカウンセラーの江原さんがよく口にする言葉
「必然性」

「運命論」かというとそうではない
「運命」には理由がない
「必然性」には背景やら事情やら環境やら、いろいろなんらかの「理由」がある

デザイン行為においてもやはり必然性はあると思うのだ
単なる思いつきなら、それはアートだろう
デザイン提案するからには、理由がある
そして必然性だけだと面白い物にはなりにくいが、必然性が深ければヒット商品になりうる可能性が高いと思う

WEBのユーザビリティは、必然性が高くないと「使いやすい」「わかりやすい」「ページ閲覧数が高い」物にはなりにくいと思う

必然性をちゃんと考えなくてはね…
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by Guild_HALL | 2006-02-20 02:14 | デザインの姿勢
2006年 02月 15日

感謝をする

「ありがとう」という
お礼を返す

それで充分だといえば充分だ。

それで良いのかと思っていた
デモなんか物足りない

お礼をすることで、その行為(出来事)はチャンチャンと終わってしまう
そうじゃないんじゃないかと。

こう「人に何かしてもらったこと」そして「うれしい」と思ったこと
それを誰かに伝えていけたらと思う
自分が良くても他人には良くないと思うこともあるかも知れない
でも常識的な範囲なら、続けて(伝幡される)もいいのではないかなと。

今は無理でも、ひとつづつ、後世に残せる物は残していきたい。
それが私の感謝の気持ちです
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by Guild_HALL | 2006-02-15 19:20 | デザインの姿勢
2006年 02月 15日

自営業デザイナーの時間

時間が空いてしまうと、何をどう書いて良いのか分からなくなる
まともなことを書こうとすればするほど、一歩も進まない
そこで止まっているわけにはいかないので、今自分がおかれている時間の使い方についてつぶやいてみよう

今年度は(つまり2005年の4月から6年の3月末まで)大学にて、「大学院生」という肩書きができた
そのおかげで、授業に出たり、仕事のような研究をしたり、
お金をもらう立場から、払う立場で、いろいろ学んだ

そこで現在は、学校的には入試期間ということもあり、学校に行くこともなく自由な時間が繰り広げられている
おっと。実は私は社会人。自分で稼がねばならない。
遊んでいる場合じゃない。
ふむ。よく考えてみれば、一昨年と同じ状況なのだ。
自分で自分を律すればいいこと。おおそうだ!!忘れていた。

長年の夢というか、やらずに手つかずにしておいた3DソフトやFlashを覚えよう
実際手をつけてみると、ホントに根気の要る仕事だな。
ちまちまtutorialやっています。

今までお客さんという目に見える相手に向かって、デザイン行為を行っていたわけだが、こうして誰が相手とも分からない、(しかも順番にしかできない作業というのか学習というのか)tutorial というヤツは、すごく大変な労働だということに気づく

自営デザイナーにしか分からない時間の苦労なんだ
まずはこれを信じてやっていこう
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by Guild_HALL | 2006-02-15 02:28 | デザイン
2006年 02月 06日

ひさびさ…

ひさびさに投稿してみる
ほぼ2ヶ月ぶりだ

空いてしまったのには、理由がある
いや、はっきりと知覚するほどの理由ではない
だから、一生懸命理由を考えている(というか、気付こうとしている)

なんか、いろいろ虚しくなってしまった
ネットの罠だなぁ
ここに記そうと思っても、なんか義務感を感じてしまったり
かといって、書きたい話題がない訳じゃなく、なぜか手が遠のかせてしまっている
mixiもほとんど触っていない

リアルな世界が忙しいせいもあるが、それは言い訳にすぎない

そんな訳で、先月末は逃避行
本を片手に、どこへともなく逃げてしまった

手に取っていた本は「Good Luck」 
2004年の6月に初版が刊行され
僕のは2004年の10月43刷という化け物のような本だ
(ちなみにこの本は、住んでいたマンションのゴミ捨て場から拾ってきた)

まぁその本になぞらえて言えば、今の僕は試されているのである
この悪魔のささやきのような日々
いろいろな事を放り出したくなる

まぁ焦らず、前みたいに一歩ずつ行くか…
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by Guild_HALL | 2006-02-06 05:20 | 閑話休題