デザインのつぶやき

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カテゴリ:処世術?( 54 )


2011年 04月 21日

奇跡と想定外、発酵と腐敗

奇跡は科学的ではないと「奇跡は信じない」という人がいる
そういう人に限って、「想定外」は信じるし、言葉としてよく使う。
起こっていることに注目すれば、人が考えた事以上のことが起こっている。
「奇跡的」に人はよく助かるが、「想定外」としては人が助からない。
これは不思議なことだ。

腐敗と発酵も同じ軸に乗っている
人の都合で使い分けているだけだ

想定外を信じるなら奇跡を信じる
信じるところから奇跡は起こる。
信じなくても想定外は起こる
どっちにしても起こるなら、奇跡として起こるように姿勢を保つ。
そこから始まる
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by Guild_HALL | 2011-04-21 11:47 | 処世術?
2010年 05月 25日

コミュニケーション力と先入観と英語

デザイナーで英語が得意という人は、あまりいない。
美大出身者では.....

また言葉での説明があまりうまくない、もしくはプレゼントしての説得の戦術はもっているけれども、
人間観のコミュニケーション能力が高い人も、デザイナーには多くない。
美大出身者では......

美大出身者であろうとなかろうと、そうかもしれない。
デザイナーという物は......


最近、初めてTOEICという物を受けることにした
今週の日曜日5/30がその予定だ
ゲームとして、730点以上取ることが課せられている。

世界で仕事をしていく僕としては、このくらいの難題をくり抜けられないでどうする位にしか思っていなかった。
先ほど、過去問題をCD使ってやるまでは...(CDは、ヒアリングのテスト用で聞きました)

わかんね〜!聞き取れね〜!自分にはやっぱむり〜!
そんな会話が頭をよぎった
おちつけ〜と思い返し、何を言いたいのか聴き始めた

すると、大体聞こえてくる。

結果、わかんね〜といってたときの正解率は、50%
わかるなと言い始めたときの正解率は75%

これは何を意味しているかというと、自分の知っていることを応えようとしてわかろうとすると、50%しかわからないという結果だ
コミュニケーション力とは,そう言う能力を言うのかもしれない

そう言えば友人も英語英語について、似たようなことを言っていた
「テクニック2割、心理面8割」だそうだ
http://www.max-ishida.com/
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by guild_hall | 2010-05-25 11:26 | 処世術?
2010年 05月 09日

知識・マニュアルとその人の在り方

久しぶりの更新。
僕自身が、「どうしたらいいか?」というトンネルの中から出ることができないでいたこと。
外に意識が向けられなかったのです。
これが、更新してこのブログを読む人々を力づけるというパワーを削いでいました

それはそれとして、この1週間5/2以降注目している動向があります
個人名ですが、「勝間 & ひろゆき」問題です
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100506-00000612-san-soci
今回、個人の在り方とそのインタラクションという視点でこの問題を扱います

既にYoutubeから動画が消されているので、見ることはできません
しかしながら、
http://d.hatena.ne.jp/wt5/20100503
にテキストが起こされているので、参照してください

見た私としては、
 第一印象は「不快」
 そして第二印象は「何が起こったかへの興味」
 さらに「なにがこれを引き起こしたか?」という洞察へ変わりました

僕らは常に「正解」を探してます
正解を得るための知識も身につけようとしています
そしてもちろんのこと、正解には「期待」が入ってます
さらに多くの場合、期待は裏切られガッカリし、もう二度とこんなコトしないというインタラクションですね

今回の放送では、ガッカリする代わりに、攻撃する勝間さんがいました
自分の持っている「正解」には、ある手順「マニュアル」があり、そのようになるはずだと考えているし、そうなるべきだと強く考えています
彼女にとって、今回そうなりませんでした。

僕らは、政権に関しても、勝間さんの書かれた本に関しても、正解を求め期待しています
それ自体は全く悪いことでもないし、期待するなと言う意見でもありません
知識・マニュアルには可能性がない。
そこに書いてあること以上のものは、そこに存在しないから。


人のインタラクションは、こういうモンだというところにアンカーを打ちたい
そして次の行動を、可能性から考えたい
こんな議論もある
http://www.fallinstar.org/2010/04/ideo.html
知識や統計的数字じゃない、アプローチもあるものです

彼らの次の行動は
http://twitter.com/hiroyuki_ni/status/13598430372
にあるように、勝間さん、ホリエモン、ひろゆきさんの3人で話をするという興味深い企画がある
経験と知識の議論のような構図に見えていて、興味深い

参考:議論に関してのほかの意見
http://d.hatena.ne.jp/ta26/20100505
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by guild_hall | 2010-05-09 09:19 | 処世術?
2010年 01月 06日

トイレの新しい使い方

新しい発見をつい先ほどした
トイレというのは、タイムカプセルのような状況転移装置なのではないか?
まぁよくある「顔を洗って目を覚ましてきます」に似た話だ
扉付き個室(いわゆる洋式便座のある個室)限定の話だ

例えばこんな使い方
現在、不景気と言われている
給料が減った、業績が上がらない、いろいろな状況があり、起こっていることも様々である
そう思いながら個室のドアを閉めてみる
問題はドアを開けて出て行くときの気持ちだ。(生理的にすっきりしたという気持ちの話ではない)

ドアを出たときの世界は、
1.今までと同じ不景気の世界
2.今までと違って好景気の世界
どちらを選んで出て行きたいか?
もし1を選ぶなら、後ろ向きに出て行き、2を選ぶなら前向きに出て行こう

不景気と言われるが、誰が言ったか?
新聞の評価?雑誌の批評?どこかのマーケティング調査?
いずれにせよ「不景気」の実態は、どこにもない。
株価が上がろうと下がろうと、株式市況もなにも出来高を伝えているだけで「不景気」とは言っていない
ただ多くの人の「そんな感じ」の同意があるだけだ

小さい頃、駅やデパート、商店街でこんな遊びをした記憶があるだろう
「白いタイルから落ちたら、溶岩に(海に)落ちて死んじゃうからね−」
と言いながら友達や兄弟と遊んだ
後から来た友達も、その遊びに乗ってくれて、商店街を飛びながら行き交いしたものだ
これも同意によるものだ。

今でも変わらない。
「不景気」という同意の下で一喜一憂していることにおいては。

さぁ好景気のドアを開けよう!!
何?自分の会社は売り上げが上がらず、給料はそのままの世界がそこにあるって?
あなたの会社だけです。不景気を言い訳に好景気の準備をしてこなかったのは。
好景気の会社を見てください。
そして言い訳のために不景気の会社を探さないでください

さぁ好景気のトイレのドアを開けよう!!
(まだ不景気にいたくて言い訳をしたい方は、後ろ向きに出て行くことをお勧めします)
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by guild_hall | 2010-01-06 23:40 | 処世術?
2009年 10月 30日

その人の本物さ

人間力というものもそうかもしれない
虚勢を張るという表現も聞く
その人の本物らしさって何だろうかと考えてみる

おそらく、人は誰にでもある自分で認める「欠点」というものに、どれだけ向かい合っていて、どれだけその欠点を「オープン」にして人と接するか?というのもポイントのような気がする
欠点を笑いに変えるでもなく、繕うでもなく、欠点を欠点として存在させるところに本物らしさはありそうだ

まぁ欠点に限らずないかもしれない
「恐れ」「不安」もそうだろう
「長所」もひけらかすでもなく、その部分だけで人と接するのでもなく。

本当にそのひとそのままで、ありのままということかもしれない
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by guild_hall | 2009-10-30 00:58 | 処世術?
2009年 07月 02日

人の成長における共通点

良くなったとか、悪くなったとか、そういった評価の話ではない。
「ある人が成長した」と聞いたとき、共通して現れるその人の振る舞いというのがあるようだ。
それは、「感謝を実感しながら生きている」ということだ。

僕らは日常的に「自分の人生だから自分が努力」とか「自分ががんばらなくて、誰ががんばるんだ?」
ぐらいの気持ちで生きている
そして成果が現れないと「自分のがんばりが足りない」とか「自分はまだまだだな...」とか。

「自分の人生は自分ががんばる」「自分ががんばることで、成果が得られる」

そんな思考回路だ。

表題に戻れば、このがんばりの表し方に「じぶんが」という「力」が入らなくなる感覚だと思う
自分はがんばらせてもらえている、人は待っていてくれる、どうであっても受け入れてもらっている----そんなところから感謝しながら生きていると、周りの印象はずいぶんと違ってくるようだ
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by guild_hall | 2009-07-02 17:08 | 処世術?
2009年 06月 15日

自分にいいわけを与えるな!

先日久しぶりに某テレビ局の「恋のから騒ぎ」を見た
テーマは「結婚できないと感じるとき」だった気がする

彼氏が振り向いたときに、自分がさめるとか
自分が「Sでいつづけなくてはいけない」とか
自分の性格上男性の「ある仕草が許せない」とか
自分が「凜として生きていく」のに、かっこわるい自分が許せないとか
まぁそんな類の事が話されていた

別に悪くないし、そういう人生もあるだろうし、ましてやテレビだから気にとめる必要もないのだけれど、そういうことを現実に身近で聞くこともままある

結局の所彼女らは自分が好きなことをせず、もし好きなことをしてもそれを受け入れられている状態はいつか終わると思っているようだ
始まってもいないし、終わってもいないのに、終わることが怖くて自分にいいわけを与えて逃げているように聞こえてきた

ホントは
彼氏が振り向いたときに、自分がさめるふうに自分を仕向けてみたり
自分が「Sでいつづけなくてはいけない」と言い張ってみたり
自分の性格上男性の「ある仕草が許せない」ようにしているだけだったり
自分が「凜として生きていく」のに、かっこわるいをつくりだしていたり
それらは全部自分で創り出していることだということに気付いてもいいなぁとおもった

何かやるのに「お金がない」というのも非常に都合のいい「いいわけ」だと思う

ポイントは、自分は幸せになりたいのに、そんな幸せはあり得ないと言って自分から幸せのステージをおりる「いいわけをいくつも自分に与えている」と言うことだ。


別にかまわないけれど、若さも人生も限りあるからこそ「もったいない」
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by guild_hall | 2009-06-15 18:14 | 処世術?
2008年 10月 20日

結婚とか、おつきあいとか.....

「結婚」とか「おつきあいする」とか、いろいろ異性間での交際について、名前がついている。
最近それらについて、なんだかわからなくなりつつある

どうなっていると、そういう肩書きがつくのか?
セックスするとかしないとか、好きだとか愛してるとか言うとか言わないとか。

セックスしなくても愛している友達はたくさんではないにしてもいるわけだし
(異性であろうとなかろうと)
だれでもそれを人類愛と言う大きなくくりではしたくなく、本当にそういう人を大事にしたいという、肉親などにも近いくらい大事に思う人はたくさんいるはずだろう

だからといって、それらの友人達をセックスの対象にしているかと言えば、僕の場合は全くそんなこともなく、本当に大事にしたいのだ。

でも、そういう友人達と結婚したいかと言えばそういうわけでもなく、人生のパートナーと思える人と結婚したいのだ。
でもその人生のパートナーとよくセックスしているか言えば、そんなこともなく
また世間一般を見ても、20代の人のつきあい当初ほどセックスをしているわけではないだろう
つまりセックスに依存というか、それを中心にした生活でもないと言うことだ

そして、よくあるはなしが「亭主元気で留守がいい」と。。。。。
じゃぁ何で結婚するの?とも思えるのだな。

そう。結局どういう人間関係を作りたいのだろうかと。
結婚やおつきあいを申し込んだりするのは良いけれど、それはそれとしてどういう人間関係を作りたいのか?それを見ないで結婚したいとか、振られたとか、そういうことに一喜一憂しても仕方がないよなぁと思える今年の秋なのである
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by guild_hall | 2008-10-20 16:35 | 処世術?
2008年 06月 24日

感動を共有する

かなり難しい。
このことは、本当にできているかどうかすら疑わしいと思える
映画を見ても、絵画を見ても、景色、舞台、どこに感動したのか、どこを見たのか、それが自分と全く同じとは思えない

同じものを見ているが、違う解釈で感動を共有することはあるだろうが、そのことを言っているのではない

同じものを見たり聞いたりして、同じように感動を共有したいとき、どうすればいいのだろうか??

ということを考えていったとき、共有しやすいものとしにくいものがあることがわかった。
共有しやすいものは、「料理」
おいしい、まずい、からい、しょっぱい、等々反応として起こる
その反応は、話題にしやすく、確認しやすく、また満足を共有しているように思える。
だから僕は、人と食事をするのが大好きだ。
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by guild_hall | 2008-06-24 13:54 | 処世術?
2008年 03月 21日

前世と今世

確かに気になる人には気になる話題
自分も少しは気になる..というか「知りたい」という欲求だけはある。

で、ある時こんな夢を見た
ある日本家屋、なぜか自分には兄と血気盛んな弟がいる3人男兄弟。
戦争のはなしをしている様子。
末の弟が、「自分はこうすることが一番いいんだ」みたいなことを、いっているが
兄さんは「ちょっと待て、伊藤博文公がこういっておられる......」
といってたしなめる。
そこで自分は、「そうじゃ。兄者のいうとおりだ」みたいなことをいう。
この3兄弟とも明治あたりの職業軍人らしい....
兄は、なぜか家長のくせに黒の詰め襟の軍服のようなmものをきている

これを夢と思えば、夢。
前世のリフレクションと思えば、自分の前世は軍人ということになる。
そういわれれば、その傾向がないこともないと思い当たる節があるような気もしてくる

結局誰かに言われたところで、そうでもあるし、そうでもない。
自分でそれを信じるかどうか。
だって、確かめようがないから....

自分は戦略ゲームも好きだし、野外生活も好きだ。
大義名分も好きだし、誰かのためなら進んで何とかしたいという気持ちも強い
それよりなんといってもインターフェースなんぞという仕組みをつくって、人に使ってもらうというのも、そういうところからきているのかもしれない
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by guild_hall | 2008-03-21 02:14 | 処世術?