デザインのつぶやき

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カテゴリ:デザインの姿勢( 131 )


2014年 01月 30日

頭いい人と悪い人

なんか最近、「頭いい人」「頭悪い人」という言葉を聞く機会が多い
組織を持った人と出会う機会が多いせいかもしれない

デザイナーって大体、会社にいても一匹狼だから、あまりその単語に出会う機会は少ないかもしれない。
もし出会ったとしても使われ方の意味は「要領が悪い」というスキルに対しての、「効果度合い」について言われる方が多いように思う
たとえば、「なんであいつは、あのやり方に固執するんだろう?頭悪いよな?」
とか
「あの人のデザインってスマートに短時間で仕上げるよね?」
という風にだ。

僕が最近よく聞く意味の使われ方では
「生きる」「生きていく」と言う事・行動への「センス」「問題意識」があるかないかを区別する場合が多いように思う。
つまり言語化されていない自分の内に秘めた「自分ルール」に対して『行動の指針』があるかどうか?だ。
ない場合は常に「不平」「不満」が「文句」として口から出てくる。
そして行動は起こさない
もし自分の内に『行動の指針』があれば「やる」「やってみる」「行動の最中だ」「結論はまだ先」「他にもやり方があるかも」と言った言葉が出てくると思う
こういう言葉を多く使う人ほど「頭がいい人」と言われている気がする
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by guild_hall | 2014-01-30 17:05 | デザインの姿勢
2012年 08月 24日

作文を書いてみて。何がデザインされているか?

作文って小学校の時に書いた作文のこと。
日記でもいい。

作文というのは、出来事 + 感情・感想・心の状態など、感じたことが書かれている。
厳密に区別したいので、起こった環境・状況を出来事と言うことにする。
ここでは出来事を「事実」「真実」として扱わない。理由は後述。

たとえば学校で遠足のに行ったときの作文を書いたとき、同じ出来事を体験しながら内容は異なる。
さらに厳密に言うならば、時間と場所を共有しながらも体験は違っているかのように描写される。
時間と場所は、否定することのできない出来事だ。
なぜ体験は異なっているかのように参加している人々の中に存在するのか?

それは体験した人の世界観ともいえる「視点」の違いだろうと考えられる。
視点はその人の関心により様々に切り取られていく。
切り取られた情景に、感情が加えられる。

ということは、その人にとっては真実であり、事実であるが、出来事そのものが再生されているわけではないから、他者からすればかなりあやふやな出来事になっているはずだ。
まして参加者同士がその出来事に関して、昔話として話すときは、さらに話者それぞれ記憶に残っている感情の体験の断片をつなげながら話すものだから、かなり起こったこととはかけ離れた出来事になっている可能性がある。

そう、歴史の多くは、その感情の一人歩きがまるで真実であるかのように口頭伝承され、例え映画/映像であっても撮影者、編集者の視点・世界観で創られてしまう。

真実や事実というものは、「真実だ」「事実だ」といった人の中に存在していて、それを他の人に強要しない方が良いんじゃないかと思う。

人生とはそんな風に、自分の世界観があたかも真実であるかのようにデザインしているものだ。
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by guild_hall | 2012-08-24 23:12 | デザインの姿勢
2012年 07月 15日

概念「デザイナー」という職業

気づいたら、こんなにも間が空いてしまっていた。
ごめんなさい

概念「デザイナー」という職業について考えてみた。
あくまでも概念の話だが、何かを創造する職業のイメージがある。
以下記すことは始めから独立して事務所を構えている人にはわかりにくい。
事務所にしても、メーカーにしても会社に就職したデザイナーには、デザイナーを辞めなくてはいけない時が来るらしい。
つまり現業のワークから離れた感がある「管理職」になるときだ。
この概念「デザイナー」という職業についているかぎり、この命題を避けることはできないようだ。
現場に残るか、管理職になるかという選択を強いられるらしい。

なぜこうなっていくかというと、自分で手がけないとそれは作品ではないという脅迫に近い観念があると思う。
作品を作らないことにはデザイナーとして認められない。
さらに言えば自分の存在意義がなくなってしまう位に考える人もいるようだ。

幼稚ともいえるが、本人はいたって真剣。何せ自分の存在意義がかかっているのだから。

枠を広げよう。自分が作り出す世界の枠を!
何をデザインしているのか?
本当は分かっていないと言うことを知れば、どんどん新しい世界を創造できるはずだ。
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by Guild_HALL | 2012-07-15 22:49 | デザインの姿勢
2011年 04月 24日

天使の分け前と収入

世間では通常収入というと、だいたい自分(自分の会社、自分の事業部)の収入をさす
会社だと売り上げか...

どのくらいの「天使の分け前」分を含んだ収入目標を立てているだろうか?

「天使の分け前」分を含んでいないと、それだけ目標から目減りする。
こちらにその「分け前」の主導権はなく、向こうの思うように持っていく。
その世間的な考えだと、「天使の分け前」分をいかに減らすかに注力していたように思う。

人間なんて自分一人では、限られたことしかできない
その限られたことですら、天使の力を借りているのかもしれない
そのことに感謝して、天使の分け前分を含んだ収入目標を立てよう。

デザインの善し悪しもそこなんだということに気づこう
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by guild_hall | 2011-04-24 10:43 | デザインの姿勢
2011年 04月 07日

良い歯医者と良いデザイナー

先日、おもしろい縁で良い歯医者と直感で思える先生に出会った
東京は三ノ輪と言うところにある「三ノ輪歯科」の先生である。
個性は強いが、リーダーシップのとれる先生である。

デザイナーや歯科医の「良さ」は「いつ」淘汰され、「研鑽され続けるか?」というのが僕の理解である

デザイナーになろうという人は、まず大抵、美術学校を目指す。
高校であったり、専門学校であったり、大学であったり...(もちろん例外はあると思うが....)
まずはそこで淘汰される。
そして、お勤め。就職時にまた淘汰される。
就職したら上司から評価判断され、淘汰されていく。
独立したら、経営状況によって淘汰されていく。

結果、美術館に展示されるような物かどうか、よく売れたかどうかはともかく、継続できて行く一握りのデザイナー群があるようだという。

さて、一方で歯科医になろうという人は、歯科のある大学へ進む。
ここを卒業するとたいてい「歯科医」になれる。国家資格だから。
仕事が好きかどうか、仕事が決まったとおりにできるかどうかではなく、「歯科医」なのだそうだ。

では、デザイナーも歯科医も「良さ」というのは何だろうか?
よくデザイナーの世界で言われているのは、「使う人のことを考える」ということだが、頭で考えるだけでなく、その結果に責任を持つと言うことだろう。改めて認識させてもらった。
ここの先生は歯科医であるにもかかわらず、「保証」がある

僕らデザイナーは??
本当に考えさせられる。
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by guild_hall | 2011-04-07 14:08 | デザインの姿勢
2010年 12月 15日

自分は傲慢であることを知る

つくづく自分は傲慢だなぁとおもう今日この頃。
傲慢だと思えば思うほど,人の話を聞いてみたくなる
これが自分を傲慢から遠ざける近道かもしれない

自分は個でありながら、(世界)全体であると言うことも思う。
自分の思うとおりの世の中であり、道を歩いているあの人も、どの人も、自分の協力者であるかもしれない。

もしそうなら、デザイナーという個を主張する存在は、この先、生きていくのが難しいかもしれない

ここまで読んでみて、「そんなことあるものか!!」と憤ったりしたら、それこそ傲慢だね。
これが傲慢が持つ巧妙な罠なんだ。
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by guild_hall | 2010-12-15 09:34 | デザインの姿勢
2010年 11月 25日

ペットボトルのキャップ、洗剤の詰め替え、再生紙

共通点は何か、察しの良い方は常々このことを感じている方なのではないかと思う
本質と経済の矛盾の問題なんだ

エコロジーに本質的になっているかどうかと言うと、なっていないものばかりだ
経済優先にすると
・キャップ集めない方が、地球温暖化防止に役立つという説もある
・洗剤は詰め替えない方が、容量と金額のコストパフォーマンスは優れている
・バージンパルプを使った方が安い場合がある

世界的に同じ事が起きているとは思いにくいが、僕の身の回りにはこのようなことが起きている

マインドにお金を払う時期が来たといても良いのだろうな。
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by guild_hall | 2010-11-25 01:44 | デザインの姿勢
2010年 11月 15日

デザインや恋愛における年齢差

年齢差を作り出すとき、それはデザインする姿勢や恋愛に関してもいえることだと思う

ではどのようなときに年齢差を作り出すかというと
「自分が過去に蓄えた知識で話を始めたとき...」
どう?そういう覚えありませんか?

自分が見たテレビ番組や、以前のやり方、手法、以前こうだった、ああだった...
それが面白い場合もあるし、つまらなくさせる場合もある

今回のテーマとして取り上げたいのは、実年齢で年齢差は生じないということ
「言うことが年寄り臭い」という場合はたいてい、上記の場合が当てはまる

いつも若々しいというのは、昔起きたことに執着しないということではないだろうか?
特にデザインという物は、自分の創案したい意匠を主張することではなく、いかに人の意見を採り上げて洗練させるかと言うことにあると思う
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by guild_hall | 2010-11-15 00:42 | デザインの姿勢
2010年 10月 25日

センスは意識だ!!

改めて掴んだ!「センスは意識だ」
自分の意識がどこに、どのように、感情とそれを取り囲む状況の中にあるか?
それが自分がこれから表現しようという「デザイン」に現れる。
その上に「スキル=技術」が成り立っているのかもしれない

デザインセンスを高めるには、意識を高めることが必要なのではないだろうか?
では意識を高める事とはどのようなことか?何を行えば意識は高まるのだろうか?

単純に「観察」だけだ

いつもと同じように同じ視点で同じだと思って観察する限り、何も発見は得られない
もし発見できたなら、なぜ、どのような気持ちでどんな風に発見できたか?
さらに観察すると良いだろう
その地道な訓練が実を結ぶはずだ

そう、そのときには「オートフォーカス」できるんだ
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by guild_hall | 2010-10-25 11:50 | デザインの姿勢
2010年 10月 04日

まがい物をデザインするな!!

先日、ある展示会での出来事。
その会社やその業界の商売の邪魔をする意図で、このブログに書いているわけではないことを最初に記す

ある鰹節メーカーの新製品。
「鰹節を細かく刻み、だしを出やすくしました。
 さらに、鰹節エキスを噴霧してあるので、従来より濃厚なだしが出ます」
というもの。

堅い鰹節を細かくすれば、確かにだしは出やすくなります
鰹節削りではないにしても。。。。

ここまでは、鰹節だしだから問題はないだろう。
「鰹節エキスを噴霧」しちゃったら、顆粒で市販されているだしと変わらなくなってしまうのではないか?
それを「鰹節だし」として売ったら、いけないだろ?
これは「まがいもの」なんじゃないか?
偽物ではないけれど、れっきとした「まがいもの」だろ?

苦肉の策なのはわかるし、市場も消費者も「速くおいしい"だし"が取れるようにして欲しい」というのも何となくわかる。
こんな物をデザインして良いなら、檜のおがくずに鰹節エキスを噴霧すれば、木の香りの良いだしが取れる

良識に沿ってデザインしよう!
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by guild_hall | 2010-10-04 08:17 | デザインの姿勢