デザインのつぶやき

guildhall.exblog.jp
ブログトップ
2005年 08月 09日

僕の見えているものは、人も同じように見えているか?

これは、ずっとデザインに従事してから思っていたこと。
例えば、ここに誰でもよくして知っている、鉛筆がある。
ごく一般的な、どこにでもある、なんてことのない鉛筆としよう。

この鉛筆は、ほんとに他の人も同じに見えているんだろうか?
つまり見えているのは事実として、この形は同じだろうか?
色は同じだろうか?

なんでこんな事を考えたかというと、「いいデザインと、僕のデザインの違いは何だろう?」という疑問から発するものでもあったりします。
なぜ「いいデザイン」というのか?
形が違うとはどういう事か?
間とは?空間とは?
同じに見えているのに、僕のデザインはよくならないのはどうしてだろう?

ほんとは違う形に見えているかもしれない。
そこを目という受像機が、脳みそのブラックボックスの翻訳機にかけて、出るときと入るときに翻訳するから同じに見えるのではないだろうかと考えた。
僕はこのを鉛筆の形を「鉛筆」と呼ぶけど、他の人は僕の頭の中の「筆箱」をさしていて、共通の中間ファイルとしての現実をみたときに「鉛筆」がわかるんじゃないか?
つまり六角柱だが、おっと、他の人はこれを別のものと呼んでいるかもしれない。
などなど、考えていたが、あるとき気づいた
手を取ってもらって、一緒になぞった形は同じのようだと。
それ以来同じ形をみているんだという気にはなって、何となく納得していった。

このたび大学院で、JJギブソンの視覚的生態学を読み、げげっと思った。
この今までの疑問をすべて解決してくれていた。
「面の連続」「空間の認識」・・・・・・・
だから、手をとってもらうと形を共有できる訳ですね・・・・・へぇ...

いろいろこの半年で、自分なりの勝手な解釈がいろいろ整理された。
「状況」依存の情報デザインを研究したい訳。
英語はすばらしいなと思った。
situatedですね。僕が探りたいのは。
environmentではない
surroundでもない
circumstancesでもない

5w1hで説明できるsituatedです。
そこで起こっている、まさにその事は何かが知りたいんだろうなぁ
と思い、ちょっと整理してみました。

いつもどおり、脱線しました
[PR]

by Guild_HALL | 2005-08-09 01:01 | デザイン


<< イラストレーターはデザイナーか?      人の評判は気になるか >>